今を生きる(2)・完
育ってきた環境が違うから
私は、どちらが良い・悪いとは思っていなくて。
日本は癌大国でありながら長寿国、老後や大病時の医療費への心配も無視できるものでもないけども、政府は少子化対策という名の元に、お門違いな政策を進めていて、私達の老後に明るい兆しは見えず。
精神的にも物理的にも、日本はあまり良い方向に進んでいるように思えず現状では少子化は進んで行くと思います。
“今を生きる!”なんて貯金も無視して好き放題するのはリスクが高くて、私でもできない(友達には「既にそうだろ」と言われますが)。
メキシコは 国の立地もよく、立振る舞い次第でアメリカに対等出来ると思う時さえあるのに、政治家が私腹を肥やすのに忙しくて国の未来を気にかけていません。
今年の12月には新大統領就任式ですが、全く改革感が漂ってない。
「期待はしたい、でもこんな国は手遅れ、国の未来より数時間先の幸せ」と思っている印象を受けます(私感)。だからかな、高い購買力。
良いとこどり
出来ることなら、両方の良いところを組んで暮らしたい。
メキシコも日本も自由と貯金のどちらかにガンと偏り過ぎている気がするので、老後の準備もしつつ、旅も貯金も楽しんで、バランス良く。
まぁ、皆そうしたいでしょうね。

日本に居る友達でも、仕事して旅行もしているので、日本に居る事が節約に縛られた生活に直結するとは思いません。
それなのに、帰国すると「XXXしたいけど、お金がねぇ」という言葉をよく聞きます。
昔、私のアメリカ人の親友が「日本人が『お金ない』って言っても銀行には貯金があるし、仕事だって選ばなければある。アメリカ人が同じこと言う時は、貯金も仕事も無い究極の時だから」と私に言いました。
これ、今なら尚更「確かに」と頷けます。
なぜだろう?度が過ぎる心配性?
何か起きた時にかかる費用が高いのは、私も母国なので熟知しているつもりです。
といって起きるかどうか分からない事にとらわれ過ぎるのもなぁ。
棺に入る時、私は自分の人生をどう思うのかしら。
